銀幕の世界に降り立った村上春樹ワールド
ロサンゼルスのコリアンタウンで撮影された『神の子どもたちはみな踊る』。日本の有名映画監督が足を踏み入れない領域があるとすれば、それは村上春樹氏作品の映画化であろう。
そんな事実とは裏腹に、日本の映画業界が行った調査によると、日本映画の 80 %が人気漫画や有名小説を原作にしている。にも関わらず、25 年以上日本のベストセラー作家として君臨し続ける人物の作品は映画化されていないのだ。
「商業化するにはあまりにリスクが高過ぎるのです。 日本の平均的な映画ファンは愛読家であることが多く、村上氏の作品はあまりに知られすぎています。(原文英語)」 と東宝の広報で働く幹部職員は話す。

ロサンゼルスの『神の子どもたちはみな踊る』
だがそんななか、今年の秋と冬に公開される村上春樹氏原作の 3 作品と共についに、そのパンドラの箱が開けられようとしている。
第 1 作目を飾ったのは、父親を探す若者の姿を描いた感情を揺さぶるストーリー『神の子どもたちはみな踊る』。
ロサンゼルスで活躍するロバート・ログバル監督は、本作で長編映画監督デビューを飾った。 「初の長編映画監督作品で、村上氏の作品を手掛けようとするのは、あまり良いアイデアとは言えないかもしれませんね。(原文英語)」とログバル監督は話す。彼は、同作品を手掛ける前にテレビ番組やプロダクションデザインの分野で自身のスキルを磨いてきた。
「経験もない中で非常に複雑で繊細な原作を手掛けるのは容易ではありません。」と話すログバル氏は、
映画クルーと共に、原作の舞台となった東京に向かうことはせず、オリジナルにとらわれ過ぎない作品作りに努めた。同映画には、有名女優ジョアン・チェン、ナスターシャの娘ソニア・キンスキー、ニューヨーク大学で教鞭をとる舞台俳優ジェイソン・リュウといったアメリカ人俳優が起用されているほか、登場人物の名前はアメリカ名に変えられ、撮影そのものもロサンゼルスのコリアンタウンで全て行われている。
「アメリカ人を起用し、日本を離れた形で映画撮影を行うことで、過度のプレッシャーが軽減され、自由に撮影に臨むことができました。」とログバル氏は話す。
ゴージャスな世界感漂う、妖艶な作品に仕上がった『神の子ども たちはみな踊る』 は、 10 月 30 日の日本公開以降素晴らしい興行収入を上げている。

ノルウェイの森
12 月 11 日の公開が待ち望まれる『ノルウェイの森』は、1987 年に初出版された村上氏の作品が原作となっている。
文句なしに村上氏の作品一有名であろう同作は、初版から 6 ヶ月で売上げ 2 百万部を叩き出し、日本文学のなかでも異例の輝きを放っている。後のインタビューで、村上氏はメディアの取材合戦を避け、原稿を送った直後妻と共に海外へ移住したと話している。
さらに同作は、海外でもベストセラー入りを果たした初の村上作品として知られており、リスボンやバンクーバーのムーディーなカフェで読書にふける愛読家の姿が日本の番組でも紹介された。
さて、『シクロ』のような過激な作品を手掛ける前に、繊細な雰囲気漂う『青いパパイヤの香り』でその名を知らしめたベトナム人監督トラン・アン・ユン氏以外に、この感情渦巻く悲劇的な官能ストーリーを表現できる人物は他にはいないだろう。
ユン監督は日本のポップスター SMAP の木村拓哉が主演した直近作『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』が公開された 2 年前から既に日本のキャストやスタッフと共に新たな挑戦を始めていたと言われている。
ログバル監督と違い、日本語で撮影されたユン監督の『ノルウェイの森』は、会話やストーリーラインが原作に忠実に基づいている。
キャスト選びも相当なもので、同作品には日本映画で人気の高い松山ケンイチが主人公のワタナベとして出演するほか、微妙な演技が要求されるヒロイン直子役に、2006 年の『バベル』以来世界の映画シーンで注目を集める日本人女優菊地凛子が起用されている。

パン屋再襲撃
さて、全ての村上作品があまりに複雑過ぎて映画化し難いという訳ではない。
「個人的には、『ねじまき鳥のクロニクル』や『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を原作に、映画を作ることはないでしょう。これらの作品はとにかく複雑過ぎるのです!」 と、2001 年にアリフォンソ・キュアロンとの兄弟作『Y Tu Mama Tambie』で一躍有名監督の仲間入りを果たしたメキシコ人監督カルロス・キュアロン氏が話す。
今回、プロデューサー、ルーカス・アコスキン氏とタッグを組み、キュアロン氏が挑んだのは、ブラックユーモアたっぷりの村上氏の短編小説『パン屋再襲撃』の映画化である。 ちなみに同作は、度々日本の評論家から、文学として表現されたモダン絵画であると言われている。
東京でいくつかのシーンを撮影してはいるものの、ログバル氏同様、日本や日本人キャラクターから離れ、メキシコの国境に近いテキサスの小さな町で撮影は行われた。

「短編映画ではありますが、村上氏の作品のように細部にまで気を配った作品に仕上がっています!」とキュアロン氏は話す。 事実、このストーリーに登場する特定の音楽や食べ物、体験など忘れられない過去の出来事は、細かい状況描写と共に愛情たっぷりに再現されている。 村上氏の本質をキュアロン氏は心得ているのだ。
「私にとって、村上氏の作品は普遍であり、同時に非常に日本的なのです。 これが今回のプロジェクトの魅力でもありますね。撮影はアメリカで行われましたが、会話の調子や状況はどういうわけか非常に東京的です。」
3 週間前に結婚したばかりの新婚夫婦が壊れかけた関係を炭水化物を得ることで修復しようと試みるのだ。
「アメリカのカップルがこういったことを提案するでしょうか? きっとそんなことはないでしょうね!」とキュアロン氏は笑った。

さらなる期待
村上氏の原作そのものに魅力を感じたキュアロス氏とログバル氏に、10 代の頃から村上氏と日本文学のファンであると公言するトラン・アン・ユン氏。 「村上氏の作品を映画化するのは容易ではありませんが、全く不可能な分野ではありません。」とキュアロン氏は話す。
「村上氏作品の素晴らしさは、個人の解釈に任されているということではないでしょうか。こういった村上氏の作品の背景には、彼自身がアメリカ文学に非常に詳しいということが挙げられると思います。」
大学で英文学を専攻していたキュアロン氏は、村上氏の作品から F・スコット・ フィッツジェラルド氏やウィリアム・フォークナー氏の特徴が感じられ、それが村上氏の作風と非常に良くマッチしていると考えている。
ちなみにログバル氏曰く、村上氏の文体には様々な解釈の仕方ができるため、映画製作者に幅広い可能性を与えるのだそうだ。
パンドラの箱が開けられた今、これからも日本の映画ファンがさらに多くの村上作品を国内外の映画を通して楽しめることを期待しようではないか。




