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ビッグ・イン・ジャパン:献身的なファン、ガジェット、相撲を愛する a-ha

ビッグ・イン・ジャパン:献身的なファン、ガジェット、相撲を愛する a-ha

ノルウェー人トリオ a-ha が献身的な日本のファンと 25 年の歴史を分かち合う
a-ha がサマーソニック 2010 に出演ヒットソングを歌いサマーソニックの会場を沸かせるモートン・ハルケット。

1984 年に Alphaville が『Big in Japan』を歌った。当時、ビッグ・イン・ジャパンという言葉には西洋ではネガティブな意味あいがあった。しかし今日の日本音楽業界は西洋諸国にも勝る活躍を遂げており、時流に乗りながら高利益を維持し続けている

ノルウェー人ポップトリオ a-ha は 25 年に渡る活動に終わりを告げるべく現在ファイナルツアーの真っ只中。先日東京を訪れた彼らは、最大の音楽フェスティバルサマーソニックに出演した。 北欧出身シンガーから思い出深い日本での体験を伺うべく、筆者は新宿にある高級ホテルへと足を運んだ。

キーボードのマグネ・フルホルメンは、プロモーションツアーのため初来日を果たした 1985 年当時を思い出しながら、「寿司を食べたのは確かこの時が初めてです。当時ヨーロッパではあまり知られていなくて」と話してくれた。

「とにかく衝撃でしたね。」とギタリストのポール・ワークター・サヴォイ。

「若い頃に音楽活動を始めノルウェーから世界へと飛び出したのですが、当時は全てが違っていました。 外国人の我々は本当に目立って、街で英語の看板を見かけることもありませんでした。」

a-ha がサマーソニック 2010 に出演 big in japan
東京のヒルトンホテルにて。(左から)モートン・ハルケット、マグネ・フルホルメン、ポール・ワークター・サヴォイ。
ファンに支えられた新時代

その後 a-ha は初ツアーのため 1986 年に再来日を果しており、直近ではアルバムプロモーションのため 2009 年に日本に足を運んでいる。『Foot of the Mountain』と名付けられた同作は 1980 年代ポップファンの心を掴み、Coldplay 、 Keane 、the Jonas Brothers といったa-ha に影響を受けたバンドのファンをも虜にしている。

「私たちのファン層は 3 世代あるいは 4 世代と多岐に及んでいるためひとまとめに表現するのは難しいですね。とにかく言えるのは、デビューしたての頃とは客層が大きく違っているということでしょう。」とワークター・サヴォイが話す。

そんな中、リードシンガーのモートン・ハルケットが、「少しでも素晴らしい歌声を届けられるようにたっぷり睡眠をとらなくちゃいけないんだ。これが本業なんでね。」と話しながら早朝からヒルトンホテルで行われたインタビューに少し遅れて登場した。

さらに日本のファンに対し、 「とにかく西洋人には馴染みのない献身的なファンが多いですね。 思いのこもったファンレターというのは、未知の贈り物でしたが、日本にはそんな習慣が根付いているようです。」と感謝の気持ちを述べた。

プレゼントは歓迎の証

「初来日を果たしたときに日本のエキゾチックさに心を奪われ、3 人とも日本のファンになってしまったのです。」とフルホルメンが話す。

「私の子供たちも今回で 2 度目の来日となります。ちょうどファンから 10 年前の私たちを写した写真をプレゼントされ、まさにファンを通して、過去を振り返っている感じですね。」

「当時は日本ならではの素晴らしい習慣も残っていました。」とワークター・サヴォイ。 「テレビに出るたびに電子機器などのプレゼントがもらえるのです。 当時大してお金もなかった私たちは大興奮でしたね!」

「でも今でも贈り物をするという習慣は残っているようですね。」とフルホルメンが付け加えた。

「恥ずかしながら、なかなかファン 1 人 1 人に返事を書けないのが実態ですが、今回の来日では全てのファンに返信することができました。本当に皆さん寛大です。私達も心のこもった贈り物をもらうと何らかの形で感謝の気持ちを表したくなるのです。」

日本のファンの思いが彼らの心を打ったのは確かだが、ワークター・サヴォイに言わせると、私生活にまでちょっとした面白い変化があったのだそう。

「妻が私のことを日本語っぽくポールと呼んで 25 年がたちます。すっかり定着していますよ!」

 

a-ha がサマーソニック 2010 に出演 big in japan
ギターヒーローズ。
手紙のチカラ

a-ha は世界各国でトップチャート入りを果たした 1985 年のファーストシングル『Take On Me』の発売以来、『The Sun Always Shines On TV』、『Cry Wolf』、ジェームス・ボンドのテーマソング『The Living Daylights』などナンバー 1 ソングやヒットシングルを世に送り出している。

「当時、私たちは『流行』でした。」とフルホルメンが話す。

「けれど 20 年以上経ってもファンが離れないでいるのは、その音楽がファンにとって印象的であったからこそ。そんな気持ちがファンレターにも溢れています。 そんな人生を通し忘れられない音楽を、今度は自分の子供へと伝えていっているのです。」

「これまでに何度か、『私の子供はまだ話せませんが、車の中で歌うんですよ』という手紙をもらったことがあります。当時単なる流行曲だった歌が、時を越えて私たちが成し遂げた以上に成長しているのです。 日本のファンはいつもサポートしてくれる。例え山あり谷ありの芸能生活を送ったとしても、ずっと見守り続けてくれるでしょう。」

1980 年代に一大旋風を巻き起こした a-ha は、日本のマンガ界への進出も果たしている。 今でもそのマンガを自宅に仕舞ってあるというフルホルメンは、

「消そうと思っても消せないのが思い出。思い出の力は絶大です。青春時代の一部だからということも確かですが、それでもマンガの出来栄えにはいつも関心せずにはいられません。それから今でも 1980 年代の写真を貼った思い出アルバムをもらうことがありますね。 ファンの人生の一部となっていた私たちが、20 年後に再会することで今度は私たちの思い出の一部となるのです。」

a-ha の所属するレコード会社でさえも日本のファンの熱意に理解を示したのか、今月発売となるヒットコレクションアルバム『25 ~ Complete Best』の制作に際し、日本のファンたちに収録曲の選出を依頼している。

a-ha がサマーソニック 2010 に出演 big in japan
衰えを知らないモートン・ハルケット。
フェスティバル文化

日本最後となるステージは、日本最大級の音楽イベント、サマーソニックへの出演という a-ha には珍しいフェスティバル公演。斬新なステージに登場したa-ha はぎゅうぎゅう詰めの Sonic Stage の観客を魅了した。

「北欧独特の絡みづらい雰囲気で現れて他のバンドと衝突するというのもアリですね。」とフルホルメンがジョークを飛ばした。

「実際のところは他のバンドとも仲良くやっていましたよ。フェスティバルには何とも言いがたい素晴らしい雰囲気が漂っているのです。」

a-ha は昨年スケジュールの関係でサマーソニックに出演できなかったことを明かしてくれた。

「最終公演にする予定ではなかったのですが、結果的にそうなってしまいました。」とフルホルメン。

「あの公演は最後を飾る素晴らしい舞台だったと思いますが、まだまだツアーは続くのでああいった瞬間を今後も作っていきたいでね。 我々の築き上げた地位と、この興奮を胸に世界を周るというのは非常に気持ちが良い。」

「フェスティバル会場は a-ha の強みである雰囲気作りができるという利点がありますが、屋内ステージで行う一般的なコンサートの方がやり易いので、サマーソニックの野外会場というのは良くも悪くもあるのです。野外フェスティバルの場合、ステージセットは自分の思い通りというわけにはいきませんし、雰囲気も違います。けれどそれが逆に気持ち良いのです。」

外国再発見

日本への親近感から日本文化にも興味を示し始めている a-ha 。 フルホルメンは日本での滞在中、相撲界の英雄、武蔵丸と KONISHIKI(小錦)にも対面を果たしている。

a-ha が初来日を果たしたときは現役であった 2 人の力士も今では既に引退済み。

「引退したと言っても武蔵丸は大きかったです。KONISHIKI も現役時代に比べ 340 ポンドも減量したらしいのですが、それでも大きかったですね。」とフルホルメンが話す。

「相撲協会に行って、彼らと同じ食事を一緒に食べたんだ。」

「不思議なことにこの日本での滞在中よりも、先週アメリカの自宅で寿司を食べた回数の方が多かったです。初めて日本を訪れたときのことを考えると、世界の変化には驚いてしまいますね。」とまたまたフルホルメンが指摘したのであった。

Robert Michael Pooleは、日本の音楽業界に精通している。

 

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