東京初のフードバンクが地震と津波の被災地を支援
岩手県陸前高田市の残骸の側で遊ぶ弟を見つめる姉。フードバンクセカンドハーベストジャパン は、十分な食料が得られない首都圏の人々へ食料を提供すべく 2000 年に設立され、上野公園での毎週土曜日の炊き出しのほか、首都圏一帯の児童養護施設、老人福祉施設、季節労働者や障害者へ食品を提供するなどの支援活動を行っている。
セカンドハーベストジャパン(2HJ)では、3 月 11 日に発生した東北関東大震災と津波による被災者を支援すべく、日本および世界中から集められた寄付を配分、配送するためのボランティアチームを形成。仙台を始めとする東北の各地域に日々 4 トントラックを配送するなど、2HJ は目覚しい活躍ぶりを見せた。
巨大地震発生から 3 週間で、配給センターや個々の避難所に食料 80 トン、ブランケット、オムツ、ガソリン、その他日用品を提供するなど、既に 20 回に渡る物資供給を行っている。

これまでに 2HJ のスタッフやボランティアが訪れた地域は 200 ヶ所におよぶ。福島第一原子力発電所周辺の避難ゾーン内に位置する福島県南相馬市にある 2 つの避難所にも足を運んでいる。
同活動は、あくまでボランティアにより生まれたものだ。 「皆さん、今回の事態を非常に真摯に受け止めています。(原文英語)」と、2HJ の理事長チャールズ・マクジルトン氏が話す。 「今回の活動に対しやりたくないことを強制すべきではないと考えていますので、スタッフがどのように感じているのかをまず尋ねなければなりませんでした。」
震災は、避難所生活を続けている人々はもちろんのこと、その他沢山の人々にも被害をもたらしている。 医療機関や老人施設など、津波による直接的な被害を免れた機関でさえ、供給不足に苦しんでいる。

流されたり崩壊することなく残っている住宅は沢山あるものの、みな一律に損傷を多少なりとも受けている。 政府支援では見落とされがちな需要に的確に見合った支援活動に向け取り組むこと。 これが、2HJ の意図としている活動なのだ。
3 月末時点で、ブランケットやコート、下着といっ物資は避難民に幅広く行き渡っていたため、2HJ はこういった物資の供給を間もなく減らす予定であり、替わりに 4 月始めからは食料、水、オムツといった消耗品を中心に支給することとなっている。
そんななか 2HJ のスタッフ、キクチさんは、「東京やその他の地域の人々が水を買い占めてしまうため、避難所に送る十分な水が確保できません。」と水不足の現状を説明する。 水不足を解消するため、数日以内に韓国から水が支援物資として提供されることが決まっている。
企業からの寄付に加え、これまでに日本はもとより、フランスやモルディブといった諸外国の個人から合計 3,000 箱に渡る救援物資が届けられた。
もちろんボランティアを希望する人々の数も途切れることなく増加している。 「1 日に活動しているボランティア数は 30 人から 40 人ほどで、通常の 10 倍近い人々が参加しています。」とキクチさんは話す。

東京のオフィスに到着した救援物資は、コーヒーや紅茶、缶製品、インスタント食品、ベビー用品、米、下着、スナックなど種類ごとに分けられる。
個人からの救援物資は合計 20 トンから 30 トンに及び、2HJ のトラックが数台必要となる量に達している。
被災地の人々が、可能な限り早く自立した生活を送れるまで支援することを目標としているものの、マクジルトン氏は、同救援・復興活動は少なくとも 6 ヶ月から 9 ヶ月間続くだろうと予測している。
今回起こった予想外の震災により、明らかとなった事実もあった。異なる各機関での連携不足である。
2HJ は、既に日本のフードバンク、およびその他の非営利団体と共に、需要を見積もるべく取り組んでいるものの、さらに多くのパートナーシップを図り、必要な物資を必要な場所へより効率的に提供できるようになることを望んでいる。
「需要があるのなら、それに見合ったパートナーはいるだろうかと常に自問自答しています。誰もが共に力を合わせなければならないことは明らかなのですから。」とマクジルトン氏は説明する。
もちろん、被災地支援を組織する傍ら、東京に住む家族に支援物資を届けたり、上野公園のホームレスのために炊き出し活動を行うなど、2HJ の通常の活動も平行して続けられている。
2HJ の被災地支援状況を報告するブログでは、「都内の電車の運行が停止したため、ボランティアがほとんどが来ることができなかったものの、炊き出しを待つホームレスの数はいつもと同じだった。」と、地震後の朝の様子が綴られていた。
セカンドハーベストジャパンに関する詳細は、ウェブサイトまたは、Twitterより最新情報をチェックして頂きたい。





