ミス・ユニバース・ジャパン 2010 の板井麻衣子が世界に挑む
表参道のトレーニング施設のバルコニーでポーズを取る板井麻衣子さんミス・ユニバース・ジャパンは、1996 年よりドナルド・トランプ氏により運営されているミス・ユニバース世界大会において近年成功を収めている参加チームの 1 国である。 ミス・ユニバース・ジャパン は 2003 年以降、セミファイナリスト 1 人、準優勝 2 人、優勝者 1 人を輩出し続けており、今年 8 月 23 日、ラスベガスの世界大会に出場する板井麻衣子さんに期待が集まるのも無理もない話だ。
CNNGo は、アメリカ出発目前にトレーニングに励む 26 歳のミス・ユニバース・ジャパンにお話を伺った。

市役所からラスベガスのステージへ
地元、大分の公務員として働いていた無名女性の躍進は日本中の関心の的。 快活な板井さんは、もともと市役所の教育総務課職員として勤務していた。 しかし決して平坦な道のりだったわけではない。このシンデレラストーリーはもっと複雑で興味深い。
大学でポルトガル語、歴史、アートを学んだ板井さんは、ポルトガルへの留学経験を持ち、その他のヨーロッパ諸国にも 足を運んでいる 。板井さんは、今年は人生の大きな転換期だったとしながら、「外見に大きな変化はあったかもしれませんが、私の中身というのは全く変わっていません。物心ついて以来、目標に向かって一直線に走り続けてきました。山あり谷ありの決して平坦な道のりではありませんが、今も目標に向かって走り続けています。(原文英語)」と話してくれた。
大分県にある小さな南町、臼杵市で産声をあげた板井さんは、「幼い頃はいつも外で男の子とばかり遊んでいました。とってもお転婆な子供でしたね。」と子供時代を振り返る。 400 年以上も昔、宣教師が訪れたことでも知られる大分県はポルトガルとの関わりが深く、板井さんが海外に関心を持ち出した動機に繋がっている。 「外国語に興味があったので、大学ではポルトガル語とポルトガル文化を専攻しました。 在学中に建築にも興味を抱くようになり、歴史とアートを学んでキュレーターの資格も取得したのですよ。」と、上智大学での 5 年間の思い出を語ってくれた。
ヨーロッパの刺激
大学在学中にポルトガルのアヴェイロへ留学のチャンスを手に入れた板井さんは、 ポルトガルで 1 年間生活している。 「アヴェイロはヨーロッパを中心に、ブラジルや東ティモールなど外国人留学生がたくさんいる街だったので、世界中の人々と友達になることができました。彼らとは英語で話す機会が多かったので、英語もそのときに覚えました。」
板井さんはその機会を生かし、さらに視野を広げるため、スペインやベルギー、ルクセンブルグ、オランダ、イギリスにも足を運んでいる。 「ロンドンの人々はすごくスタイリッシュでしたね。街にはたくさんの劇場があり、色々な博物館に行けるのも魅力的でした。 この次はオスカー・ニーマイヤーの傑作建築物を観にリオ・デ・ジャネイロとブラジリアを訪れたいと考えています。」
在学中、博物館のキュレーターになる夢を抱いていた板井さんだが、社会の厳しい壁が立ちはだかり、実際は東京のポルトガル料理レストランでフルタイムとして働くこととなる。 「知識や経験を少し生かすこともできましたし、食文化に興味もあったのですが、昨年 4 月に地元に帰ってきました。 けれど田舎に帰ってみると仕事の選択肢はあまりありません。とにかく、働きたい、働かなければという気持ちから公務員の枠に履歴書を送りました。 初めての経験でしたが、地元の教育界の動向を知ることができ非常に興味を持てる仕事でした。」

そんなある日、インターネットを覗いていた板井さんはミス・ユニバース・ジャパンのオーディション開催を知る。モデルとしての経験はこれまで一度もなかったもののチャンスに賭けてみることにした。 「募集締め切り日が翌日に迫っていて、色々考える暇なんてありませんでした。とにかく応募しようと思ったのです。 全身と上半身を写した写真 2 枚とボディサイズに加え、『なぜミス・ユニバース・ジャパンになりたいのか』といった志望動機を記入しなければなりませんでした。」
オーディションに応募したのが 2009 年 9 月。その後、2010 年 3 月にミス・ユニバース・ジャパンに輝いたことをきっかけに再び東京に戻り、ウォーキングやポージング、ヘアメイク、スピーチ、英語といった厳しいトレーニングを開始する。 「一番の大きな変化は外見ですね。全くの別人です。 まず、体で個性を表現できるようにならなければいけないので、コンテスト優勝以来、体重を増やして女性らしい曲線をつくるため食生活に気を配っています。市役所では今のような化粧をすることもなければ、人前で個性を発揮することにも慣れていませんでした。けれど今はとにかくやるしかありません。面白さと同時に難しさも感じています。」
イネス・リグロン氏によるプロの指導
板井さんは 1998 年にミス・ユニバース・ジャパン本部を設立したフランス人エキスパート、イネス・リグロン氏による指導を受けている。近年開催されたミス・ユニバース世界大会において日本チーム躍進のカギを握っているとも言えるリグロン氏。その成功の秘訣が気になってしまう。 「彼女はとても感情的で強い影響力を持っています。 日本人らしい私自身の個性を尊重してはくれましたが、もっと素直になって気持ちを豊かに表現できるようにと指導を受けました。謙虚さを忘れないというのが日本の美徳であり、私自身、美しさだと感じています。そういった日本の美は失いたくはありませんが、リグロン氏からもたくさん刺激を受けてしまいました!」
アメリカ出発を目前に控え、「 正直、不安な気持ちはありますが、前向きに考えています。世界中から集まった 82 人の参加者と出会えるなんて素晴らしいに違いないのですから。」と胸の内を明かしながら、「スーツケースが一体何個になるのかまだ分かりません!」と元気に締めくくってくれた。





