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東京ラブストーリーから20年、鈴木保奈美は運命を受け入れる

東京ラブストーリーから20年、鈴木保奈美は運命を受け入れる

名声を避けた時を経て、今、戦国の姫として帰って来る
Honami Suzuki鈴木保奈美、44歳。女優として復帰を果たした。

女優 鈴木保奈美は、公園越しに副都心の高層ビル群が見渡せる素晴らしい眺めに目を見はりながら、NHK放送センター内のソファーのある居心地のいい部屋へ入って来た。

その眺めは王にふさわしいような素晴らしさで、1991年のドラマ『東京ラブストーリー』の赤名リカ役で東アジア全土にその名を知られた日本のドラマの女王にもよくなじんでいた。

そのドラマから20年たち、その内10年以上の休養期間を経て、鈴木保奈美は復帰を果たした。NHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』で、江の母 お市の方を演じるために。

「スター扱いされることが好きではなかったし、もしかすると復帰することはないかもしれないと思っていました。」と、気品のある鈴木は言う。

「以前は、ひとりの人としての生活と、女優としての仕事をはっきり分けたいと思っていたので。でも今は大人になって、ちゃんと受け入れられるようになりました。」と、彼女は言い、芸能界復帰までに、長い間熟考してきたことを認めた。

「家族はあるけれども、自分の人生は自分ひとりでもあって、何をやっていこうか、どういう自分でいようかと、ひとりで考えなくてはいけないと考えた時、今までいろんな人からしてもらったことに対して、何かみんなが喜ぶようなことを返していきたいな、と思ったんです。」

キャビンアテンダントになる夢

鈴木は、彼女の言葉によれば「何のライセンスも博士号もなく」、高校を出てすぐ芸能界に入った。

ドラマを見るのが好きだった彼女は、小さい頃から女優への憧れがあったという。

「他にも通訳やキャビンアテンダントになる夢もあったんですが、女優だったら全部できるなと思って!」

 彼女は芸能事務所のオーディションを受け、1986年19歳の時にTBS制作のドラマ『遊びじゃないのよ、この恋は』で、デビューし、以来5年間に30作以上のドラマに出演し、一世を風靡した。

しかし率直な鈴木は、その頃をそれほど懐かしんではいないようだ。

 「(その頃のドラマは)今は全然見ないですね。それは日本のシステムもあるかもしれないけど、自分で役は選べないので、あまり気が進まないものでも事務所が決めることもあるし。私が楽しめたのは、役柄というよりは、その作品の出演者やスタッフ全てを含めたチームが良かった時です。できあがったものに対しては、そこまでではなくて、手放すっていう感じかな。」と、鈴木は言う。

 

Honami Suzuki (left) in historical drama "Nobo no Shiro"
鈴木保奈美(左)。『のぼうの城』

誰もが知っているあの役

1991年1月、フジテレビは、柴門ふみの漫画を原作とした『東京ラブストーリー』を放送する。東京で働く同郷の友人同士の複雑な恋愛模様を描いている作品だ。

それから20年を経ても、アジア各国で今も繰り返し放送され記憶に残る作品となったが、それは鈴木にとって、幸せなことでもあり、厄介なことでもあった。

 「撮影したものをすぐ放送していたので、ぎりぎりで来週の分を今撮っているみたいな感じでやっていましたから。すごく視聴率がいいとか、いろんな手紙だとかメールがテレビ局に来るという話を聞いていましたので、やっている間からドラマの人気が高いことは知っていました。」

 しかしプライベートな面においては、彼女は常に仕事とプライベートをはっきり分けようとしてきたのだが、ドラマの成功によってその限界が来てしまった。

 「『東京ラブストーリー』がすごく評判を呼んだ時、自分自身がそれに対処できなくなってしまったんですね。その時は本当にいやでしたね。」

アジアでの大ヒット

『東京ラブストーリー』は、アジア全域にわたる日本の若者文化の流行の先駆けとなった作品で、鈴木保奈美の名前を中国、香港、台湾などに広く知らしめた。プライベートの旅行で、鈴木は驚くことになる。

「全然わからなかったんですけど、友達とプライベートな旅行で香港へ行って、街を5人くらいでぶらぶら歩いていたら、『東京ラブストーリーの女優だ』って気付かれて追いかけられました。それでびっくりして。」と、彼女は話す。

香港出身の監督ウォン・カーウァイ、中国出身の女優コン・リーのファンである鈴木は、もしオファーがあれば、海外の作品にも喜んで出演したいと言う。

休養期間

鈴木は1999年のNHK大河ドラマ『元禄繚乱』を最後に女優業から身を退いた。仕事とプライベートの生活を分けるという目的をついに果たし、子供を育てるために。

「子供を育てるということはすごく大変なことだし、なりふり構わずやらないとできないようなことだと思っていたので、女優として仕事をしている部分と家庭での生活を両立させることはとても無理だろうなと思って。」

「それと、子育てをするのに他の人達の手を借りるのは嫌だと思ったんです。アンジェリーナ・ジョリーみたいな人だったら、子育てをするのに乳母がいて、シェフがいて、ショーファーがいるのかもしれないけれど、私は自分でご飯を作ったり、自分で洗濯したり、自分でおむつを替えたり、そういうことを自分でやりたかったんです。」

鈴木保奈美は、復帰することはないかもしれないと考えていた。しかし、芸能界を離れていた間に、彼女の出演していたドラマがどんなに好きだったか、力をもらったかということをファンの人達から伝えられていた。それならば、彼女の人生に良い機会を与えてくれた人々にお返しをする時が来たのではないかと彼女は感じていた。

「それにね、子供ってすごく早く成長するの。だから自分のこれからの人生のことを考えなくてはいけないなって思ったんです。」と、彼女は言う。

「今では、仕事を離れたところで女優として見られることに対して、ちゃんと受け入れて対処できるようになったんです。昔だったら、『ドラマ見ていますよ』って、子供の学校で知り合いとかに言われたら、『そういう話はここではしないでほしい』って思っていたと思うんですけど、今は全然大丈夫。『わぁ、ありがとう!来週も見てね!』って言えるようになりました。なぜそう変ったかはわからない。大人になったのかもしれないですね。」

A more relaxed Suzuki is approaching work on her own terms.
今では作品を自由に選ぶ。

作品を選ぶこと

さらに鈴木は、9月17日公開の映画『のぼうの城』にも出演している。鈴木は、今では作品を自由に選ぶことができるようになり、これらの作品の他にも彼女に合った作品を待っている。

再開した仕事をとても楽しんでいるが、その一方で、家族との生活を犠牲にするほどすべての力を投入しなくてはならないような企画には気が進まないようだ。

 「この年齢で、このルックスでちょうどいいというプロジェクトがあって、自分も面白いと思うものがあれば、ぜひやりたいと思っています。やはり40代の女優にとって面白い役があるというのは、なかなか少ないことなので。」

立ち上がり東京を見晴らす景色を目にする前に、彼女はこう付け加えた。

 「今は、目標を定めてそこまで行くという風には考えていないんです。何が起こるかは誰にもわからないことなので。」