老齢化問題を抱える韓国の海女ヘニョ
韓国の人魚と言われるヘニョ(済州島や牛島の海女)は、海底のアワビ、ウニ、タコ、海草を捕るために数分息を止めながら水深 20 メートルまで潜ることができる。 だが儒教思想が優勢な社会では、この職業を生業としていくことは難しい。 済州島や牛島の海女は、海を生業にするための自らの権利をめぐり、男性、政府、また時には軍までも相手に長年戦ってきた。
そして今、この伝統は消滅しかけている。 政府の役人はこれらの島の観光産業を強化する一方、若い世代の女性達は学業やより都会的なライフスタイルを求めて本土に行きたがる。かつて高く尊敬されていたこの職業は、先細りしているのだ。
1960 年代には、3 万人以上のヘニョが済州島や牛島の沿岸から毎日水に潜っていた。 現在辛うじて 5 千人の海女がいるが、うち3 分の 2 は 60 才を超えている。
日本への海産物の輸出が海女たちの懐を潤し、娘を学校へやり、重要な沿岸施設の支払いにも充てていた 1970 年代の絶頂期を境に、ヘニョは高齢化。また、彼女たちの軌跡を辿る若い世代もいない。

Goh Soon-ja さん(62 才)は、牛島で早朝、自分の仲間と漁場へ向かう。

アワビや巻貝を探し求め、溶岩石で覆われた済州島沿岸から潜る 2 人の海女。 海が荒い時は、海女は危険をうまく逃れながら海岸付近に身を寄せる。

海女が網を船に運ぶ(牛島)。 この女性は5 時間継続で漁場を転々として潜り、この日の収穫を持ち帰っていった。

この海女の家は、済州島特有の象徴的な黒溶岩石で装飾されている。

韓国の悠久の伝統を称えた像。1700 年前にさかのぼるとも言われる。 海女がなぜ女性の職業とみられたかについては、さまざまな説がある。

海女は圧倒的に高齢化している。中には 70 才の女性もおり、54 才の Kang Myeong-sook さん(写真)はむしろ若い世代。 多くの若者は観光業界で職を求めたり、本土の大学へと離れてしまうため、この伝統は消滅しつつある。

年配の海女が、重たいベルトや用具一式を船に運び出す。
早朝の潜水から戻ったヘニョ。共同体の海女の家に帰る(牛島)。
こじんまりとした海女の家。 海女の家は、グループの基点としての役割を果たす。グループはここに朝集合し、漁場を決定し、海から戻るとその日の収穫を選別する。 
自分の網を確保し、早朝の牛島の海岸線から潜る準備をする海女 。
グループ最年長の Hyeon Jeong-soon さん(67 才)が、その日のアワビや巻貝の漁に出る直前に一瞥する。
グループでいざ出発。
大きなヘニョグループが牛島の岸を離れ、潜水体勢に入る。 多くの海女は海岸線のすぐそばから水に入るなか、この特別グループは、数時間通しで漁場を転々とするために波の荒い水域を請け負っている。
Kim Soo-hye さん(65 才)は、アワビやウニを求めて済州島の Siheung-ri の沿岸から潜る。
ウニ。 人気の海産物だ。毒性のあるこの魚介は、扱い方を知っている熟練した海女にとって危険ではない。
海女の家。 更衣室、シャワー、保存施設が備わる。ここでその日の収穫が量られ、網やウェットスーツ、浮標をつるして乾かす。
Kim Soo-hye さん(65 才)は、15 才の時から潜り続けている。 生まれも育ちも済州島の彼女は、眼前は海岸以外何もなかった当時のことを懐かしく語る。 政府の役人は、観光産業を強化しているため、海女の伝統は前途多難な局面を迎えている。
『シークレット・サンシャイン』でカンヌ映画祭を受賞し脚光を浴びたチョン・ドヨン。『初恋のアルバム~人魚姫のいた島』で演じた。
アクセス
航空機が最も便利。 済州航空、大韓航空、アシアナ航空 のいずれも、金浦空港(地下鉄 5、 6 号線)から済州行き便が毎日運行。 新参企業の済州航空が、ライバルを抑えた 50,000 ウォン以下の格安航空券を販売している。





