Jump to Navigation
肥満が僕を有名人に

肥満が僕を有名人に

肥満のアメリカ人がベトナムでどう生き抜くか

Adam Bray、ベトナム在住のジャーナリスト
好奇心旺盛なトラベラーは、目的地に到着するやいなや探究心を燃やし新しい土地でに早くなじみたいと思うものである。

だが 8 年前に僕がアジアに最初に訪れたとき、その希望は瞬く間に打ち砕かれた。僕は身長 180 センチ、過体重の白人アメリカ人だ。

100 kg の大台を超えてから体重計のメモリの動きがようやく止まった。

それに引き換え、僕の新しい居住地ベトナムの人々は食生活と遺伝の組み合わせにより、ほっそりとしていてとても小柄。 ここでは、僕の巨漢サイズに匹敵するような人はめったにいない。

この環境になじみたくても所詮無理。 せいぜいリパット国のガリバーになれるぐらいだと、僕はそう感じた。


肥満とセレブ

だが、ジョナサン・スウィフトの架空の英雄さながらのビッグサイズのおかげで、僕は、行く先々ですぐに有名人になる。

好奇心に背中を押された小人たちは、思い切って僕の足元に群がり、矢継早に質問を浴びせかけるのだ。

「体重は何キロ?」 「給料はいくら?」「どこから来たの?」「うちのいとこを紹介しようか?」(結婚してアメリカに連れていけという思惑だ)

多くのベトナム人は、感情から口に到達するまでのルートが直接的で無遠慮である。よって、非常に立ち入ったことでもまるで些細なことのように口にする。

加えて外国人はみなベトナム語が理解できないと皆信じているので、発する表現にもいっそう磨きがかかる。

例えば、日課として村落の市場を散歩していると、

「うわっ、あの人肥満体!」

「(一番卑猥な言葉)、200 キロ、(次に卑猥な言葉)!」

「(母上を悪く言う言葉)、あんなに太るなんて。一体何を一体食べてるんだ?」

「(禁句を交え)妊婦さん?」

太い胴回りの不思議

カフェで女性グループの横に座ったときなどは、僕がベトナム語に無知だと思い込んでいるため実に愉快である。 性的接触についてや、 僕がこの大きな腹でそういう行為にどうアプローチするのかについて会話が盛り上がってしまうのだ。

この国々の人は、プライベート空間に対する尊重に欠けているように思える。小さい人だから、おそらく心地よい距離感も少なくていいのだろう。

西洋人が腕の毛を引っ張られたり、突っつかれたり、多少手荒くされたりするのは太かろうが細かろうが、外国人であれば共通しているが、体のサイズが大きい人は、更に体を触れられる。しかもびっくりする場所でだ。

人口の多い農村部、とりわけお祭りの時期に歩いていると、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』の中でジョン・ダンバー中尉(ケビン・コスナー)が初めてアメリカの先住民族の村に入ったときのような状況に陥る。

頭突きはないにしても、僕はお尻をわしづかみにされたり、胸をたたかれたり、腰回りを揺さぶられるなどの刑を受けるのだ。

特に体の小さい共産主義者は、大柄な人を見かけたらすぐに行動を起こすセンサーが働く。 彼らは具体的にどうしたらいいかわからず、こういう状況は人民委員会に対処してもらうべきだと間違いなく思っているに違いない。

肥満体を撫でる!?

あの日も、車はクラクションを鳴らしながらライトを点滅させ、横にいっせいに並んでいた。そして、歩行者の群れが歩道を一斉に動き始めた。

僕はバイクにまたがり信号待ちをしていたのだが、突然誰かの手が僕の太ももを上下に触れている。 交差点で僕の隣の男性が自分のバイクから降りて、神戸牛のごとく僕の太ももを撫でていたのだ。

「それじゃタイヤがじきにパンクするよ!」と説教をし始める男。 「君は太りすぎだよ!」

見知らぬ男がひざまづいて僕のムチムチしたふくらはぎを、まるで子牛肉を見つめるがごとく撫でるなんて最初は不快の以外何ものでもなかった。

だが、週に 2、3 回は起きるこのような珍事が長年続けば、考えもかわる。僕はむしろこれを利用することにした。

「僕の靴ヒモ、結んでくれない?」と頼むのだ。

夕食に出かけるときも壮観だ。 ある大きな式典で、レストランのオーナーが追加のプラスチックの椅子を引きずり出す。僕を椅子からどけて、横綱級の重量に耐えられるよう椅子を重ね始めるのだ。

もちろん幼稚園生サイズのプラスチックの椅子(アジアでは非常に普通)を積み上げ、『エンドウ豆の上に寝たお姫様』でマットレスを何重にも重ねたようにして座るわけではない。

そんな待遇をうける僕は、その重なった椅子に座りミシミシとひび割れて折れる音が聞こえたとき、何かしらよこしまな満足感を得たことは確かだ。

アジアの肥満化現象 

ガリバーの 2 回目の旅のように、2度目の旅は巨体ばかりの中にいる自分がいた。

多くのアジア文化では、太った子供は裕福さや繁栄の象徴だと見られることがある。 

生活水準の向上により、両親は初めて金銭的に余裕を持ったとき、彼らの可愛い王様に過度に食事を与える。

学校では今、かつてないほど恐ろしく丸々と太った子供たちであふれている。

アジア人のご両親に忠告しておく。子供をクリスマスのハムのように太らせても何の得にもならない。

・・・本気でそれを食べるつもりなら別にして。

 

ベトナム、カンボジア、タイを紹介した 15 冊以上ものガイドブックに関わった経験を持つほか、DK Eyewitness 、 Insight Guides 、 Thomas Cook 、 ThingsAsian、 Berlitz and Time Out といった出版物にも自身の執筆物や写真を掲載している。 ベトナム語が堪能で、チャム語やクメール語といった地元言語も少し話すことができる。

Read more about Adam Bray